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被爆柿、田川市へ寄贈。ぜひ平和教育に生かそう!

2008年04月25日

今日は党関係の打ち合わせで福岡市へ。田川から福岡までは結構な時間がかかります。車の車中では好きな歌を聞いたり、電話をしたり(もちろんイヤホンを付けて)しています。

 

その後、とんぼ返りで田川へ。市役所で会議をしたり、色んな場所で打ち合わせなどをしていたらあっという間に夕方になりました。

 

夜は獅子舞。筋肉痛で足が棒のようです・・・。

 

話は変わり・・・

 

平和を考える上でとてもすばらしい材料を田川市は頂きました。 

 

被爆柿の木:3世、田川市へ 大任町の駒鳴さん、譲り受けた苗を寄贈 福岡

平和教育に生かして

 大任町伊原の造形作家、駒鳴(こまなき)秀光さん(69)が21日、長崎原爆で被爆した柿の木の3世の苗を田川市に寄贈した。駒鳴さん自身も長崎市で被爆しており「原爆の悲惨な記憶とともに、この木の生きる力を子供たちに伝えたい」と語った。

 「被爆柿」は長崎市の爆心地から約900メートルにあり、幹の大半を焦がしながら生き延びた。同市の樹木医、海老沼正幸さん(59)が94年に治療し、その実からとった種で2世を育て、各地に植樹する運動を続けている。

 駒鳴さんは今月11日付本紙で、海老沼さんから受け継いだ3世の苗を苅田町の男性被爆者が育てていることを知り、連絡をとって1鉢を譲り受けた。一方、田川市が昨年の長崎平和集会に市民約40人を派遣するなど熱心な取り組みを続けていることから「被爆柿を大切にし、平和教育に生かしてもらえそう」と寄贈を決めた。

 駒鳴さんは両足に被爆時の傷があり、今も体調不良に悩まされるという。家族にも被爆の事実を隠してきたが、友人の説得で5年前から語り部の活動を始めた。伊藤信勝市長に被爆柿の鉢を手渡した駒鳴さんは「焼け焦げ、死ぬ寸前だった木が実をつけ、3世の苗を茂らせた。これを見て子供たちも、何があってもくじけずに生きる強い意欲をもってほしい」と話していた。【林田雅浩】(毎日新聞)

 

田川市は昨年、独自の平和教育として市民40名を対象に長崎の平和記念式典に行っています。これは革新市長だった滝井前市長時代からの歴史のあるもので、非核平和都市宣言に基づいたものにもなっています。

 

しかし平和教育に生かしてと言いながら市長は「子供たちも、何があってもくじけずに生きる強い意欲をもってほしい」と言ったそうです。

 

報道が主観的に切り取った記事ですので他にも市長は言ったのかもしれませんが、贈った方が求めているのは、たくましい子供をつくる材料として被爆柿を使うのではないと思いますが。。。

 

求めているのはそういうことではなく、贈った方も平和教育に生かしてほしい、と言っているのですから、その趣旨に添った活用方法を考えるべきです。教育なのですから教育委員会や担当課の手腕が問われます。あと決して枯らさないように管理することも重要です。

 

例えば被爆柿4世を各小中学校に植えるとか、市民に種子を分けるとかしたらいいんじゃないかな。

 

話は変わり・・・

 

先日、党香川県連合の書紀局員である多田雄平さんのブログ私が紹介されていました。彼は全国最年少の書紀局員として、社民党の牙城、香川の活動を若手のホープとして支えています。ブログで日々活動が報告されていますが、全国でもトップクラスの頑張りではないかと思います。

 

政党に所属していたら、こういう全国の仲間、しかも思想的にも一致する同志と瞬時につながることができるのはとてもよいシステムだと思っています。私も彼に負けないように頑張らないといけません。

 

 

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