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世界遺産候補、筑豊地域は落選

2009年10月22日

更新が遅れました・・・。

 

今日は朝から市民相談「まこと通信」の作成、仕事などをしていたらあっという間に夕方に。出張が続くため、その分仕事がぎゅっと詰まってしまい、時間配分が大変です。

 

今日は田川商工会議所女性部のチャリティパーティーに参加。毎年行っているもので、この収益は田川市立図書館の児童文庫などに寄贈されています。

 

その後もある方々と会合。とても良いお話しができました(^^)

 

話は変わり・・・

 

世界遺産候補に田川市の竪坑櫓と二本煙突が落選したという報告がありました。以下は引用です。

 

九州・山口の近代化産業遺産群 炭鉱遺産 候補から外れる 落胆も、継承に決意

「九州・山口の近代化産業遺産群」の専門家委員会が22日、世界遺産登録を目指していた田川市の旧三井田川鉱業所伊田坑第一、第二煙突(通称・二本煙突)と竪坑櫓(たてこうやぐら)、飯塚市の旧伊藤伝右衛門邸を構成遺産の候補から外したことに、地元関係者はショックを隠せなかった。だが「漏れても価値は変わらない」と気を取り直し、施設の保存や継承をあらためて決意する姿もあった。

 田川市には同日朝、専門家委の会議傍聴などのため上京中の同市石炭・歴史博物館の安〓龍生館長から連絡があった。ファクスで資料を受け取った同館の福本寛学芸員は「当落線上と聞いており覚悟はしていたが…。今まで努力してきただけにがっかり」と落胆した。

 産学官などで構成する「田川地区近代化産業遺産を未来に伝える会」は、市全体で登録への機運を盛り上げようと、シンポジウムなどに取り組んだ。

 会長の名和田新・県立大学長は「残念。日本の近代化を支えた筑豊炭田の誇るべき遺産なのだが」と言葉を失った。

 一方、旧三井田川鉱業所で働き、現在は炭鉱の語り部活動をしている矢田政之さん(79)=同市新町=は「残念だが、『もの』が残っても、そこで働き、生活した人間の痕跡がなければ遺産の意味がない」と冷静な見方を示し、「今後も炭鉱労働や炭住の生活などを語り伝える」と話した。

 候補からは外れたものの、落胆ばかりではない。福本学芸員は「世界遺産の基準に合わなかっただけで、炭鉱遺産の価値は変わらない。並行して進めてきた国指定史跡の実現を目指して努力する」と力を込め、安〓館長は「炭坑節や(炭坑記録絵師の)山本作兵衛さんの絵なども大切にしながら、産炭地をPRしたい」とコメントした。(西日本新聞)

(引用終了)

 

今回の世界遺産運動に関しても税金が投入されています。今回の世界遺産運動に関するしっかりとした検証をし、次につながるようなものを残していくことが求められます。

 

明日は東京に行ってきます。

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